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UNITEDTOKYOのショップバッグのデザインを担当した現代アーティスト・ナマイザワクリス氏。大学卒業後、株式会社サイバーエージェントに入社、アパレルブランドを立ち上げや会社経営をする傍ら美術大学へ。美大卒業を機に現代アーティストに転身、渡米・・・といった異例の経歴を持つ。多様な経験を経て、人とは異なる切り口で物事を見てきたナマイザワクリス氏だからこそ見えてくる「日本のモノづくり、クリエーション」とは何だろうか。
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常に動き続ける人生

―最初に、これまでの経歴をお伺い致します。

中央大学商学部を卒業して、株式会社サイバーエージェントに入社をしました。大学時代はSTUDIOUSの谷社長と一緒のゼミに所属していたんですけど、ゼミでの勉強は1つのターニングポイントだったなと思っています。それまで、将来について漠然としか考えていなかったんですけど、入ったゼミが“ベンチャービジネス”にスポットを当てたもので、所属している学生もすごく頭がいい人ばかりで。僕も谷くんもついていくので必死でした(笑)

―学生時代から会社を立ち上げたとききましたが。

ゼミの勉強をしていくうちにサイバーエージェントを知って、魅力を感じて就職活動をした結果内定を頂きました。そのときに、社内で新しくファッション事業を立ち上げようって話があがっていたんです。ちょうど学生時代にファッション誌のモデルをしてたこともあり、アパレル業界にいくつかツテがあったんです。それで、内定者でファッションがわかる人がいる、ということになり、株式会社クラウンジュエルの立ち上げに携わることになりました。そこからは色々と苦労しましたね。まだ、インターネットで服を売るという概念のない時代だったし

―その中でブランドもスタートさせていますね。

立ち上げた会社の事業が伸び悩んだ時期に、ブランドをつくることを提案したんです。1年目だから言えたことなんですけど、、(笑)そこで出来たのが、Theater8(シアターエイト)というブランド。でも、もちろん服作りの経験もデザインも初めてだったのでどこかで他と差をつけよう、と。そこで、仮想の劇場をコンセプトにして、毎回色々な映画をテーマにした服作りを企画しました。マリリン・モンロー、ジョン・レノンなどの映画のライセンスをオフィシャルで取得する。当時、アンオフィシャルでやることはアパレル業界ではよくある話だったけど、あえてオフィシャルでライセンスをとるというビジネスモデルを提案してみました。デザイナーも外からクリエイティブディレクターを招いてそれが結果的にとんとん拍子で店舗が決まり、会社化も遂げました

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―ファッションの領域から、アートの領域に活動を移したきっかけは何ですか?

mastermindJAPAN(マスターマインド・ジャパン)の本間正章さんとパリに行かせてもらった際、『もっとデザインを勉強しろ』と言われたことですね。今でも本間さんは僕にとっての師匠と言えるかもしれない。
それで、考えるも間もなく、デザインの勉強ができるところを探していたときに見つけたのが美術大学でした。
服作りってパタンナーさんとか工場とか色々な介入があるから自分の思う通りの形にするのはすごく難しい。一方、アートは最初から最後まですべてで自分が責任をとれるなと思った。それからは現代アートに活動を移しました。
クラウンジュエルやTheater8をZOZOTOWNのスタートゥデイ社に売却、大学卒業と同時に会社を退職し、アーティストとして活動するようになりました。

―今はまた、株式会社サイバーエージェントでお仕事をされていますが、それにはどういった経緯があったのですか?

卒業後、2年間アメリカに行っていたんです。そこでは色々な国からきた人たちがいて、皆自分の国のことをよく知っている。だから当然のように僕も日本について質問をされるんだけど、自分自身、当時はあまり日本というものに興味がなくて。むしろちょっと日本ってダサいと思ってた(笑)。でもアメリカでは日本はモノづくりのプロフェッショナルって捉えられていて、少しずつ日本に興味を持つようになりました。
そこから東京で活動したいなという気持ちが芽生えてきて。ちょうどそのタイミングで、藤田社長から、サイバーエージェントのクリエイティブを強化したいという話を頂いたんです。すぐに帰国して、今は神奈川県にある大きな倉庫のアトリエを借りて毎日制作活動をしています

 

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―今から必要なのは0から1にする新しいサービス。それがクリエイティブと一致し、ナマイザワクリスさんが藤田社長に呼ばれたのかなという印象を持ったのですが。

それはあるかも。アーティストは絵を描いて戦争を止めることはできないけど、
“世界の見方を変える”ことはできると思うんです。視点を提供できるというか。そういう意味でも、凝り固まった業界や会社の現状をみてアーティストを呼んだのかなと。そういう感がすごい人だなと思います(笑)

―美術大学への入学や渡米、そして帰国してからの活動。物事に対する人とは異なる視点や行動力の背景は何でしょうか。

僕自身があまり止まっていられない人なんですよね。だからすぐに行動に移しちゃう。でも、人と違う視点を持って生きているのにはちょっと理由があるのかなと思う。アメリカ人と日本人のハーフという点でまず自分は人と違うし、それが嫌だけどそうは言いたくないという気持ちもあって。ずっと人と自分が違うっていう理由が欲しかったんですよね。自己防衛手段というか。だから、小さい頃から、先生に質問されたときも皆が思い浮かばないだろうなっていう回答を考えてた

挫折を経て自身をさらけ出す作風へ

―インスピレーション源や、ナマイザワクリスさん流のアイディアの出し方はありますか?

生まれつき人と違う視点を探していたというのはありますが、会社に入ってからは、よく“タラちゃん発想法”というのをやるようにしています。『~したら』『~だったら』と切り口を変えて考える方法。クラウンジュエルで仕事をしている時も、30~40もの企画を抱えていたときがあって、視点をたくさん持っていないとさばけなかったんです。そういう面で考えると会社員として社会との接点を持っていてよかったなと

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―UNITEDTOKYOのショップバッグにも使われている、カモフラージュ柄はどのようにして生み出されたのですか?

2013年にアメリカ渡ったのですが、挫折からのスタートで。西海岸のギャラリー、すべてに連絡や持ち込みをしたんです。でもすべて断られてしまい、本当にどうしよう、となっていた時にふと、壁に貼ってあったアメコミキャラの紙が目に入り、やけくそになって破ってみたんです。そしたら意外にかっこいいかもしれないと思って。それが誕生の瞬間ですね。実験をしていく上でカモフラージュ柄に見えたことや、自分自身、日本でカモフラージュして生きてたなーなんて思って。それから、自分自身をもっと晒していこうと考えるようになり、カモフラージュをコンセプトにした作風へと変わっていきました

―これからチャレンジしたい作品はありますか?

今やっているのは京都の和紙屋さんと組んで、和紙でカモフラージュ柄をつくること。それで生地を作って、パターンを引いてGジャンのような立体作品にしてみたら面白いかなと思ってます。そういった日本の伝統工芸とコラボしながら、ファッション的なアプローチで作品作りをしてみたい。

―カモフラージュ柄をテキスタイルのグラフィックにして、アパレルブランドに提供もされていますね。

自分のルーツの中にはやっぱり洋服というものはあって。ファッションに重きを置くのは、やっぱり自分の出生は関係してる。僕のような境遇の人はきっとわかると思うけど、人からめっちゃ見られるんですよ。入学式とか大嫌いでしたね、後ろ指を指されるし。こういう人が日本の社会に溶け込むには、集団社会に徹底的に溶け込むかか、または徹底的に目立って振り切るかのどっちかだと思う。僕はどっちかというと意識的に見られるという方に振り切っていた。見られるが故に、ファッションにのめり込んでいく。必然だったのかなと思う。

海外に渡り気づいた日本のクオリティ―

―日本のモノづくりについてお聞かせください。

車を筆頭に海外で通用する部分は多いけど、商品企画は海外、といった企業は多いかと思います。感覚の部分で世界と闘っていけていないなという印象ですが。日本=ダサいってイメージがあるのかな?自分も昔はそう思ってたし。というか、『海外ってすごい!』っていうイメージができているのかも。僕の場合、mastermindJAPANがやっぱり影響があるからこれを言うんですけど、本間さんも最初日本では全然ウケなくて、でもパリで発表したときにすごく評価されて逆輸入みたいなかたちになった。海外でウケた瞬間、日本での評判も上がったみたいですし。

UNITEDTOKYOのショップバッグのデザインについて

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―今回のコラボレーションのきっかけを教えてください。

谷くんとは大学の同じゼミだったということもあって、お互い『いつか一緒に仕事をしよう』と言っていました。Theater8時代に1度取り組みをしたことがあったのですが、アーティスト・ナマイザワクリスとはなかなかチャンスがなくて。でも、帰国後、自分もSTUDIOUSと同じく“fromJAPANtotheWORLD”という意識を持っていたというのは大きいですね

―ショップバッグのデザインについて解説をお願いします。

このショップ袋のグラフィックは、サンフラシスコで東京を想って制作したものなんです。実は、サンフランシスコを想って東京で作った作品もあるんですけど、こっちは東京のものとは反対にすごくカラフル。なるべく無意識を心がけて作品をつくるのですが、東京はシルバーとかビルっぽいイメージが自然と出てきましたね。あとは光の屈折。暗くなったり明るくなったり、そういう色使いにしています。少し色味がある部分もありますが、これも光の当て具合によって見え方に変化が出るんです。これは、半抽象、半具象みたいなイメージで、すごく抽象的なカモフラージュ柄なんですけど、なんとなくビルに見えたりもする。見る人によって捉え方が変わると思います。僕にとってひとつの転機になった作品でもあるので、ショップバッグにもぜひ注目してみてほしいです。

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